安中幹雄さん

今回はアイススレッジホッケー日本代表チームで活躍中の安中幹雄様をご紹介いたします。

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 安中さんへのインタビュー

Q.安中様は、どのようなきっかけでアイススレッジホッケーを始めたのですか?
A.1998年長野パラリンピックのアイススレッジホッケーを観ていた(私は観ていませんでした)友人のすすめで、同年5月に行われた体験会に参加して始めることになりました。それまでは義足をつけて健常者と一緒にゴルフをやっており、障害者スポーツはもちろんパラリンピックは自分には全く無縁のものと思っていて、まさか自分が出るとは思ってもいませんでした。しかし、やりだしたら面白く、気が付いたらのめり込んでいて代表合宿に参加するようになっていてパラリンピックを目指すようになっていました。

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Q.アイススレッジホッケーを知らない方へ簡単にご説明ください。
A. 下肢に障害を持つ人たちのために、「アイスホッケー」のルールを一部変更して行うスポーツです。
アイスホッケーと大きく異なる点は、「スレッジ」と呼ばれるスケートの刃を二枚付けた専用の“そり”に乗り、左右の手にスティックを一本づつ持ってプレーします。
 スティックにはアイスピックとブレードがついており、“漕ぐ(こぐ)”動作で前に進み、ブレード部分でパックを操り、パスを出したり、シュートを放ちます。

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 アイスホッケー同様にボディチェック(体当たり)が認められており、非常に激しいスポーツです。

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Q.2010年のバンクーバーパラリンピックでは日本チームが銀メダルを獲得したそうですが、その時のエピソード等をお聞かせください。
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A.日本は98年の長野、02年ソルトレイク、06年トリノパラリンピックとも5位で、メダルを獲得したのはバンクーバー大会が初めてのことでした。決勝ではアメリカに負けてしまいましたが、準決勝で優勝候補のカナダを破り決勝に進むことができました。カナダに勝った時は皆で泣きながら抱き合っていました。

今まで怪我に泣かされたり、辛くてやめようと思ったときもありましたが、諦めないで続けてきて本当によかったと思いました。

Q.日頃はどのような活動をされていますか?
A. 現在日本には東京、長野、北海道、八戸の4つのチームがあり、各チームで週末練習を行っております。その中からパラリンピックを目指したい人が長野県岡谷市で行われる代表合宿に参加します。代表の合宿は4月~6月までがオフで、7月~3月まで週末に月2回程度実施しています。
私の所属する東京チーム「東京アイスバーンズ」の練習は土曜日の早朝、東大和のアイスリンクで行っています。

東京アイスバーンズホームページ

Site
http://www.tokyoiceburns.com/

Q.アイススレッジホッケーの活動で大変な事は?
A.日本チームの問題としてはやはり選手層の薄さです。10年バンクーバーパラリンピックの時点で日本代表の平均年齢は36歳と海外チームと比べてかなり上になっています。何としてでも若い選手に入って頑張ってもらい14年ソチ、18年ピョンチャンで活躍してもらいたいです。

Q.今後の目標、取り組むべき事等お聞かせください。
A.今後の目標は2014年のソチパラリンピックでメダルを取ることです。そのために今いる選手のステップアップはもちろん新しい選手の発掘が不可欠です。興味のある方、一度はパラリンピックに出てみたいという方、ぜひぜひ一度体験にいらしてください。よろしくお願いします。
因みに現在東京チームには健常者も4名いて一緒にプレーしています。国際大会は出られませんが、国内の大会なら出られますので健常者の方もぜひいらしてください。スレッジに乗ってしまえば障害者も健常者も同じですよ。

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ぜひやってみたいという方から一度体験してみたい、どんなものか見てみたいと思われた方ぜひ来てください!
事前にご連絡をいただけたら体験用のスレッジを準備しておきます。
連絡先:annaka29@gmail.com 安中まで

関連サイト:
東京アイスバーンズ(安中様の所属するチーム)
http://www.tokyoiceburns.com/

日本アイススレッジホッケー協会
http://www.sledgejapan.org/

記事:2012年5月

 

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